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東京地方裁判所 平成9年(レ)18号 判決 1997年8月26日

控訴人(原審原告)

株式会社横浜ロイヤルパークホテル

右代表者代表取締役

北原友治

右訴訟代理人弁護士

河村貢

豊泉貫太郎

岡野谷知広

被控訴人(原審被告)

飯髙泰三

主文

原判決を次のとおり変更する。

一  被控訴人は、控訴人に対し、金八九万二四六三円及びこれに対する平成七年一一月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は第一審、第二審を通じて被控訴人の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

主文同旨

第二  事案の概要

一  控訴人は、原審において、被控訴人に対し、宿泊契約に基づき、ホテルの宿泊施設及び飲食施設の未払利用料合計八九万二四六三円とこれに対する遅延損害金(起算日は支払命令送達の日の翌日)の支払を求めたところ、原判決は、控訴人の右請求のうち五万〇三〇七円を越える部分については弁済があったものとしてこれを棄却した。そこで、控訴人は、これを不服として控訴するとともに、当審において、予備的に不当利得に基づく返還請求を追加した。

二  争いのない事実等(認定事実には証拠を掲げる。)

1  控訴人は、宿泊、飲食等のホテル経営等を目的とする株式会社である。

2  被控訴人は、平成七年一月二二日から同年三月一〇日までの間、控訴人が経営する横浜ロイヤルパークホテルニッコー(以下「本件ホテル」という。)の宿泊施設及び飲食施設を利用し、これにより、被控訴人が支払うべき未払利用料(以下「本件債務」という。)は合計八九万二四六三円である。

3  本件ホテルの利用料の支払については、平成七年一月ころまでに、控訴人担当者江頭研一郎(以下「江頭」という。)と被控訴人間の合意に基づき、株式会社東京クレジットカードサービス(以下「カード会社」という。)発行の山田勉子(以下「山田」という。)名義のクレジットカードを使用して決済するものとされた。

4  控訴人とカード会社間の加盟店契約及び規約によれば、約定に違反する信用販売が行われた場合には、控訴人が売上げにかかる債権をカード会社から買い戻す旨が定められている(証拠<省略>)。

5  本件債務の内金八四万二一五六円については、カード会社から控訴人に対し、平成七年二月二〇日に二五万〇五三九円、三月七日に五九万一六一七円が入金された(証拠<省略>)。

しかし、右入金は、同年四月二〇日、不正売上を理由としてカード会社による買戻しの実行により取り消された(証拠<省略>)。

6  また、本件債務の内金五万〇三〇七円については、控訴人がカード会社に対して約定の期限内に請求をしなかったために、控訴人が山田のサインした売上票を利用してカード会社に対して請求することはできなくなった。

二  争点

(主位的請求について)

1 カード会社から控訴人に対して入金がされた後、カード会社による買戻しの実行により、右入金が取り消された場合であっても、被控訴人の債務は有効な弁済により消滅したといえるか否か。

(被控訴人の主張)

本件債務の内金八四万二一五六円は、山田名義のクレジットカードを使用して弁済した。カード会社の買戻しについては、カード会杜と控訴人間の問題であり、買戻しの有無により右弁済の効力が左右されるものではない。

(控訴人の主張)

被控訴人の山田名義のクレジットカードの使用は、単に控訴人に対する債務の決済の手段として行われたに過ぎないものであり、山田名義のクレジットカードを利用した決済が現実的かつ終局的に行われない限り、債務の消滅はあり得ない。

そして、控訴人とカード会社間では、前記のとおり買戻し特約が定められているから、カード会社からの入金は、買戻し特約に該当することを解除条件とする弁済に過ぎないものである。

したがって、カード会社から一旦入金がされても、カード会社による買戻しの実行によって入金が取り消されたことにより、決済は遡って無効となり、債務は消滅しなかったことになる。

2 免責的債務引受の合意の有無 (被控訴人の主張)

平成六年一二月二六日ころから同月二九日ころの間に、控訴人担当者江頭、被控訴人及び山田の三者間において、今後、被控訴人が控訴人に対して負担する本件ホテルの利用料について、山田が免責的に債務引受をする旨の合意が成立した。

(予備的請求について)

3 不当利得返還請求権の成否

(控訴人の主張)

本件債務の内金八四万二一五六円については、カード会社からの入金によって債務が消滅しているものとすれば、被控訴人は、何らの出捐をすることなく、債務の支払を免れることになり、これにより、右債務相当額の財産的利益を受ける一方、控訴人は、何らの対価を受けることなく、被控訴人に対する債権を喪失することとなり、右債権相当額の財産的損失を被ることとなる。したがって、被控訴人は、法律上の原因なく、控訴人の損失において利得していることになるから、被控訴人に対し、不当利得返還債務を負うべきものである。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。

平成七年一月二六日、被控訴人から控訴人担当者江頭に対し、電話で本件債務の支払については山田名義のクレジットカードを利用して行いたい旨の申出があり、同日、山田が本件ホテルに来訪し、売上票二枚にサインをした。また、同年二月一〇日にも、被控訴人より本件ホテルに同様の電話連絡があり、本件ホテルに来訪した山田が、売上票二枚にサインをして控訴人担当者に交付した。なお、山田が二回とも二枚の売上票にサインしたのは、クレジットカードを使用した支払については限度額があり、本件ホテルの利用料が右限度額を越えるおそれがあることから、そのような場合に備えて二枚の売上票にサインするよう被控訴人が指示したからであった。

その後、右売上票に基づいて、控訴人がカード会社に対して本件債務の内合計八四万二一五六円の支払を請求したところ、一旦は、前記のとおり、同年二月二〇日及び三月七日にカード会社から控訴人に対して同金額の入金がなされた。しかし、山田の指定銀行口座に資金が不足していたため、カード会社は引き落としができなかった。そのため、カード会社は、控訴人に対し、不正売上げを理由として右入金全額につき買戻しを実行した。

右買戻しは、カード会社と加盟店たる控訴人との間に締結されている加盟店契約及び規約により一回につき三〇万円を越える信用販売が禁止され、違反した場合にはカード会社の請求により控訴人は買戻しの義務を負うこととされており、かかる規定に基づくものであった。

2 以上の事実を前提とすれば、本件債務の内金八四万二一五六円については、カード会社から控訴人に対して入金がされたことにより、一旦はカード会社による第三者弁済がされたものの、この弁済はカード会社による買戻しを解除条件とするものと解すべきであるから、前記の事情により、加盟店契約及び規約に基づきカード会社による買戻しが現実に実行され、右入金が取り消された以上、カード会社による第三者弁済は、当初から有効なものではなかったというべきである。したがって、被控訴人の控訴人に対する右債務が消滅したとは認められない。

なお、右買戻しの原因が控訴人の加盟店契約違反によるものであっても、それだけで被控訴人との関係で第三者弁済が有効となるものではない。

3  よって、争点1についての被控訴人の主張は採用できない。

二  争点2について

被控訴人は、控訴人との間で、山田が本件債務を免責的に引き受ける旨の合意が成立したと主張し、自らもこれに沿う供述をしている(証拠<省略>)。

しかし、江頭は右の債務引受を承諾した事実はないと明言している(証拠<省略>)上、証拠<省略>によれば、江頭から被控訴人に対して「山田から支払が受けられない場合には、被控訴人に支払を求めることがある」との申出がされた際、被控訴人は、かかる申出を承認していたことが認められる。また、証拠<省略>によれば、被控訴人が右債務引受の合意が成立したと主張する時期以後においても、控訴人は、ホテルの利用明細等を被控訴人に送付するなど被控訴人を債務者として取り扱っており、また、被控訴人自身も自らを債務者と認識していたことが認められる。

以上の事実に照らせば、被控訴人本人の供述のみをもって、免責的債務引受の合意がされたとの事実を認めることはできない。

よって、争点2についての被控訴人の主張は採用できない。

三  被控訴人は、控訴人がカード会社に対して期限内に請求しなかった分については、債務を免れる旨主張しているが、この点については原審の判断を是認することができる。すなわち、控訴人と被控訴人間において山田名義のクレジットカードを使用して本件ホテルの利用料を決済することが合意されたことは前記のとおりであるが、右利用料の支払方法はこれに限定されるわけではないから、本件債務の残余の五万〇三〇七円について、控訴人がカード会社に対して期限内請求をしなかったということだけでは、右債務が消滅することにはならない。

第四  結論

以上によれば、控訴人の主位的請求はすべて理由があるのでこれを全部認容すべきところ、これと異なる原判決を主文第一項のとおり変更することとし、民訴法三八六条、九六条、八九条、一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官相良朋紀 裁判官安浪亮介 裁判官和波宏典)

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